バンチな花束 感謝に感謝している気持ち

カテゴリー 今 citron, 果樹園での本音

 

職場でもらった花束は

いつも

母に届けていた

感謝のつもりで

 

 

それは今頃

ハッと気づいたこと

 

教職課程を取るようにと大学に入れてくれた

専修免許まで持つことができたことで

免許更新ももう断念しようとしていた5年ほど前のわたしに

費用を出すから(実際には費用支払いは不要だった)保持していたらと

当時教職を続けることに消極的になっていたわたしを鼓舞した

そのすべてを含めて

教員になって以来

毎年案外花束を頂く機会があったことにも今頃気づいた

そんな嬉しい瞬間をもらえていた

その度に届けていた

その当時は

そういう深い思い無く

花は(母が喜ぶかな)程度に

こういう深い深い潜在意識の奥深くで動いていた気持ちに気づく今の時期なのだろうか

そういう自分に気づいたところ

 

先日最後の教職の日を終えた

思いがけず日本で終えて最後と思っていた仕事の続きを

この国で続けられたのは

近所で知り合って友となった中国人博士課程の女性

かつてのわたしと同じ言語学を学んでいたことから

子どもが同じ学校(学年性別は違う)に通っていて

あれこれ考え方が似ている部分を見つけあって

リサーチの忙しい中で

その校長と繋げてくれた

ふいに訪れた教職の延長

そして日本で続けていたらあり得ない運動会主任というお仕事にも携わることができた

そして一人ではできないことを切に感じて

多くの人の力に感謝して終了した

今回ばかりは花束を母に届けることはできず

わたし本人が飾ることにした

 

その日は運動会【2020年12月13日の記事】

その行事の終了後に不測の離任式

けれど慣れてもいる

突然のスピーチも

明るい展望をもってご挨拶するしかないのだ

ちゃんとお別れを言いたい生徒さんたちや保護者さんに

職場が変わること

職を離れること

予め言えないんだ

すごく驚いていらっしゃった

そういう驚きをそばにいてくださった人々にもたらすのはあまり好きじゃない

あまりわたしのことで衝撃を与えたくない

静かにこちらこそお礼を言って去りたい

なのに

いつもそう

バカ正直に指示に従ってばかみたいな自分だと思ってる

「言うものじゃない」という学校からの指示だから言えないのだ

新聞発表で知ってもらう

自分が離れることは人はそれほど関心がないかな

とは思っても

せめてご挨拶はしたいものだよなと思う

良く思われていなくても

慕ってくださっていたとしても

早くよその学校へ行けーとか

先生辞めたらー?とか

どう思われていてもいいから

御礼は言いたいといつも思っていた

潔く終わりたいから

そして

だれかに(なんか言ってやる!)と心に蟠った【わだかまった】ものを持って生きていくことをわたしのことで強いるわたしが心苦しくて

できればわたし本人に直接ぶつけることで晴れてほしくて

その方の人生からにっくきわたしの存在を取り除いて進んでもらいたい

これがわたしの正直な理由

いつもそういうことは覚悟して仕事していたんだ

そしてできれば自分のわだかまった叫び倒して嫌な思いを受け取ったその人を責めて終わりたいこともあるんだけれども

心の中はいつか反省させてやるーとコブシ握る思いは自由だろうけども

挨拶の舞台に立つと

ぽんと消えて

感謝を伝えちゃったりしている

結局それが最後の最後のわたしの本音ということなのかなと思うんだ

あー弱いね

日本の学校では新学期が新しい職場で始まり

公に4月半ば離任式で前任校を訪れる

なんだか切ない断ち切れない慣習

そういうものと思ってやってきた4月の景色

離任の時

肌寒い何も身にまとわない身となった

さあ

心地よい吹きすさぶなにか

 

by citron