
朝さんぽの景色です🍁
分からないものの怖さ
見通せない不安
怖さや不安はどうして他の人を攻撃する感情にすり替えられるのでしょうか。
今回、負の感情のお話ではありません。
怖さや不安の感情を経験している自分
こうやって自分を観る方法を知ってからは、自分を厳しく責めることや他人に当たることが緩められるようになっています。
お、怖がっている自分
ひゃーどうしようなんていう自分
自分で自分の実況中継
中学校の英語教材で「現在進行形」を学んだときのようです。
「citronさんは今、英語の勉強をしています。」
「かと思ったら実は、マンガ読んでいます。」
「本人、内心ヒヤヒヤしています。」
・・・
(citronの授業ってどんな授業…?)
他人に対して、自分の恐れから来る負の感情をぶつけている暇は有りません。
感情をぶつけられる側なら、
思い切り迷惑ですな。
特に、あの頃、両親には本当に受け止めてもらっていた事を身震いしながら感謝してます。
今は、自分の家族に周囲に大丈夫かしら。
やっぱり感謝を忘れたとき、見えない攻撃を仕掛けているんじゃないかな。
ひとりじゃ生きていけないものなのに、甘えているし頼っているんだな。
わたしにも他人にぶつける感情が湧く…。
あら?
ゼロじゃないところが人間経験に必須な感情。
だから間違いなく、
まだまだこの先いくらでもあります(仕方ないねぇ)。
ただ、今の暮らしの中での恐れや不安が他人への攻撃にすり替わるかどうか検証。
わたしにも「分からないもの・未知なもの」は数え切れません。
例えば、
【怖さは好奇心に変わってしまった!】
言語が細かいところまで聞き取れていない!☜これ、「分からないもの」だけど、「怖さ」ではないです。
むしろ、好奇心の対象。分からないからたとえ嫌な事を言われていたとしても気づかなくてラッキー。知りたい気持ちで近づけるといった利点があります。困っていることは、本当に昔から貧弱なリスニング力。聴き取りはほぼわたしの思い込み。そのために勘違いがポジティブ過ぎて子どものようです💦
そう、恐れは好奇心にすり替わっています。
【未知への不安は進む道を行く自分ファンなんてポジティブが過ぎる!】
言ってみれば
自分が進む道への不安
だから一歩足が出ることで解消される
動くだけで不安は消える
時間が未来から振り込んでいるなら
自分の足が一歩出て
もう一歩進んで確かめにいってみるか!
そんな気分。
足湯にいざ!向き合う時に似ているかも。
靴を脱いで
靴下脱いで
タオルを抱えて
いざちょぽん👣と。
初めの熱湯感
じんわりくるほぐし具合
しばらく投じたい安心感に
いつの間にかすり替わっていたりもする。
♨あぁ入りたい。
ということです。

朝ぼらけ過ぎの日記となりました。
みなさんご機嫌よく一日を♪
by citron