
夏至
誕生日の娘
「13:33誕生
息子2歳半
ハッピーバースデーの歌
おもむろに歌う」
そう記録してある
『365日のスプーン(byおーなり由子さん)』わたしの書き込み記録帳より
父の日 20日日曜日
突然父の日が今週日曜日と知った我が家
同じく娘の友だち家族も突然その行事に気づき
重ねてママさんの就職も今週突如決まり
娘の誕生日前夜
パーティという名の集まりをした
よく食べ
よくしゃべり
ママさん
娘を薬局に連れていき
とうとう娘の意思を確認したうえでピアスを開けた
不思議と
今までのように同じ痛みを感じるようなツーンとした感覚が
もうわたしに乗り移ってこないことに気づいた
これは
まさしく
わたしの自立だ
子どもらがけがするたびに
自分も痛いかのようにツーンと痛みを感じていた感覚
消えたか…!
これで娘は
自分のお手入れ
アーチェリーのお手入れ(一式揃えて素晴らしく高かったんだもん…!)
心のお手入れ
母citronからの願いごとを受け取った
日本に居るわたしの母は残念がっておりますが…
「母的には残念」と一言メール有
その気持ちはよくわかるんだ

娘の大好物
お仕事仲間さんから

翌日の今朝
父に電話をしたら
目覚まし代わりに起こしてしまった
「めでたい日にワクチン2回目の接種の日だ」
孫の誕生日と重なって
心は晴れ‼となっているといいなと思う
「もう少し頑張れそうだ」という
「母が働かなくてもいいように楽にしてやりたい」とも言いながら
我が家の木の家を存続させたいとの提案は本気だと言った
昨日はたまたま埼玉県から内覧の前におひとりで見に来たという人に会ったそうだ
爽やかな青年だったという
けれども
「もう、売ることは考えずに孫たちの帰る場を作っておくからな」
今朝の電話で覚悟と割と明るい声で言うものだから
「ありがとう、もうしばらくお願いね」と明るくお願いをした
もうひとつ
数か月前から
父の生まれた土地のこと
土地にまつわる歴史のこと
やんわりと聞いていた気になること
聞き出せたことが大収穫だった
父は産まれた住所を覚えていた
叔父叔母に育てられた住所も
「けれども、前に(わたしたちcitronが子どもの頃)家族で住んでいた住所は忘れちゃったんだよ」
市役所である書類を発行してもらう際に
前住所を確認されたけれども
うろ覚えだったという
地図を見せられて
細かな番地を探し当てたんだそう
先程の電話の時にはわたしの記憶と合致した
わたしの記憶もかなりあいまいだった
父が生まれた地域で言い伝えられている神話
16,7歳で上京してきて
定住した土地で
分かってもらえるはずもないと
人に話すことはなかったんだそうだ
日本の歴史の教科書に書かれていたこと
なんとなくそうではないように書かれている
そうじゃないよと言ったとしても
きっと神話に過ぎないと否定されるのを避けて
いつしかくるんで胸の内
父たちは戦後の当時も
学者さんという人がその地に来て
「この土地は神話からなる正真正銘の土地であることを誇りに思ってほしい…」との話を
いまだに胸に残してあったんだ
わたしと妹との間に死産した弟の名前にその名前を付けていたことも繋がった
そのことも忘れていないよと優しく話していた
聴けて良かった
誇らしく思っていてほしい
御年73歳の父
これから起こるすべての最後が良いものに代わって
父自身の人生を終えられますように
今は人生最後の仕事場が大切にしてくれる会社でよかったと言った
この先のすべての最後が父にとっていいものに代わって
父にとってこれが最高と思えて
終えられますように
「もう帰郷しなくてもいいかな…」
そう思っているのだそうだけれども
産まれた場所を
聴き覚えているその土地の神話を
誇りを取り戻して
今居る最後の地でも
暮らしていてほしい
父の日いつもありがとう
by citron
