
わたしに拾われた花鉢
白いカランコエ
ようこそ我が家へ
捨てる神の存在(宿泊のお客さまが置き去りにされたもの)のおかげで
今回わたしは(一定期間遺失物管理で待機後受け取ることができるため)拾う神になりました。
ありがとう。
ようこそ我が家へ。
この花鉢が我が家に置かれただけで豊かな気分になります。
豊かと言いますと…
お金を払ってものを手に入れる瞬間のわたし個人の心情のお話。
心の奥底では💦あんまりスーパーマーケットでお買い物をするのが気楽じゃないです。自分に集中してしまうからかもしれません。その時滅多に意識していないはずなのですが、手に取ってカゴに入れるか、買うのをやめようか、商品を瞬間見つめるクセがあります。
世界にたくさんの人がいる中でわたしにもこうしてこの商品が手に入るんだ、、、と。
そんな時、
頭の中に広がる別世界が始まります、、、
混沌とした世界?時代?状況空間。
配給を手に入れるため長蛇の列にソワソワと。
長らく並んでたどり着いたわたしの手前で、はい、終了。
その心象風景と感情が盛り返す。
必要なのに手に入らないことが
バンッと目の前のわたしに、、、
とはならずに、この現実に戻ります。
手に取った商品はこの手でカゴに納め、予算の一つとなって脳内電卓で計算されて、レジに並び、支払いを済ませ「買った物袋」に収まる。
ちゃんとその商品は我が家にやってくるんです。
無いものはちゃんと有るようになるんだよ
目に見えて有ると思っていたものは実は無いんだよ
色即是空 しきそくぜくう
空即是色 くうそくぜしき
(お釈迦さま、合っている?)
お金の循環は豊かさのひとつなんだなと感じます。
豊かな気持ちをくれるエネルギー源の一部ではあるけども、お金があることが豊かということではないんだなと。無いことが不幸でもないということにも。
わたしの身体を流れる血も168センチ?0キロのわたしに必要な分量だけ上手に循環して生きている。きっと良い塩梅で満たされている。
昨今の歴史の書き換え
聖徳太子が存在しなかったことになるとは?
あの頃、日本史の始まりに習うあの始まり感。
あたかも日本の始まりはその辺りから?のような始まりの人間、聖徳太子?本当?
和をもって尊しとなす
日本の元々にある調和の教えは何から倣って十七条の憲法第一条に据えたのか?
いきなりその文言を編み出して日本を創ろうとしたわけじゃ無いのでは?と。
citronお子さま時代から好奇心の塊人間。
人の言の葉による時代の映りのあれこれにこども心は疼いていたものですから。
なにか、お手本があったんじゃないの?と。
良い時代があったから真似したいんじゃないの?と。
そうしたら。
日本には長い縄文の文明が息づいていました。
わたしはこの「縄文文明は豊か説⁉︎」に賛成して理解を深めているところです。
長く続いた時代を知る人こそ生み出す言の葉。
和を持って尊しとなす
闘いを好まないからこそ、日本の土地に辿ってきた多くの他民族とのまさに融合。
長く平和に時を経たハイブリッドな日本人。
新しい時代に産まれた2000年代のみなさんなら、きっと肌感覚で身につけているでしょ?
そう尋ねても、なんら驚かずに
え?そうですけど何か?と
穏やかに応えるでしょうね。
わたしはその心を守りたいです。
あなたたちがいるから日本は大丈夫です。
聖徳太子さん、いてもいなくても、
和を持って尊しとなす
よくぞ、たいせつにつたえてくれました。
ありがとう。
この言葉を実践実行できるかどうか、心に留め置いているか、正直なところ日本以外の国にいてはかなり難しいです。長い歴史のDNAを紡ぐ日本人を自覚して、先人への感謝と誇りを持っていようとしても。世界の中では難しい。
ズバッと言えば、
成しません!
和などありません!
持ちませんし、なし得ません。
それが、世界です。
それを、理解しようとし、行動しようとし、大切にし合うことが、日本を生きる、日本人として生きることなのかなと大事に思っています。
citron