
秋めいてきました🍁
過去の記事「果樹園での本音」初記事2018年3月22日:見直し更新しました
citronブログ『世界のどこかでまた会おう~たとえ近所のお店でも~』は、果実が好きでたまらないわたしの『ぼんやり日記』です。
ブログのカテゴリーにある「果樹園での本音(全43記事)」は、わたしの過去の教職という職業について、猛省・大反省・こっぱずかしさ(恥ずかしいほどの大失敗)・醍醐味・自己満足・自画自賛盛りだくさんある振り返りの場です。素直な腹の奥を吐き出したりもしています。やはり、紆余曲折あったからこそ仕事でお世話になった職場の方々には、ありがとうの気持ちでいたいです。
主に、わたしが教職に就いていたことを、わたしから直接聞かされずに育ってきた我が子らに昔話として書き留めています。
実際には、子どもらの担任の先生や周囲から入れ知恵されて?「え?母は先生なの?」と知ってしまった…というわたしにとっては作戦失敗。非常に残念でしたが、そういうもんだなと良い意味で諦めることにしました。そもそもなぜ、自分が先生という職業なんだと知られないようにしてきたのか、についてはまた機会があれば書き残そうと思います。
【赤裸々:どっぷり振り返ります】
わたしの教職歴は、
1995年から1999年非常勤講師
1999年から2017年公立中学校の教諭でした。
1977年から2003年生まれの生徒さんに出会いました。
我が子らは2004年と2007年生まれ。
1995年から2004年(以降産休)の生徒さんと2008年(育休明け)から2017年までの中学生約3500名と実際に授業を行い、学校生活に関わりました。一度関わると短くて1年のお付き合い。本当に多くの「みんな誰かの大事な子」に出会うことができました。
現在は、その経歴を生かした職業ではありません。
けれども、人と出会う、目の前の人を大切に思う、という共通点があります。
わたしの居る場所は結局そういう場所ということでしょうか。
全く違うホスピタリティ(接客接遇)業界に属していることで、前職を違う角度で観察し直すことができています。
本当に日々、違って面白いんです。
そのために、退職して5年を過ぎてもいまだに感情の中にぶり返しては、この『ぼんやり日記』のようなわたしの日々に浮かぶものを書き出して、言語化しては吐き出して、懐かしむだけじゃなくてあの頃の自分をもう許そうじゃないか、あの頃にわだかまったあれこれを閉じ込めるんじゃなくて「あらそんなこともあったのね♪」と言える自分でいるために、この作業をしています。
だから、こうしてこのカテゴリー『果樹園での本音』を開いてみてくださる方にお礼が言いたいです。
ありがとうございます♪
もしかしたら、あなたも教職の方でしょうか。
そんな世界もあるんだなと感心寄せてみてくださっている方でしょうか。
かつて出会えた保護者の方でしょうか。
ここに書き出していることは、Daさんやわたしの母、妹くらいしか知りません。あの頃、わたしの気持ちの起伏を感じてもなにも責めずいつも通りの朗らかさで見守ってくれていた人たちです。その人たち向かってつらい気持ちを吐露していた自分にハッとします。
citron、この仕事ができてうれしい癖に、何を言ってるんだい?
ほんと、つまらない自分でした。
目の前にイキイキした生徒さんたちが育っているというのにね。
我が子らもすくすく育っている最中なのにねぇ。
ということで、
自主定年退職の後、この国に来て、たくさんの自分時間が生まれました。
そして、たくさん自分のことを振り返りました。
それはもう、ことある毎にハッとするんです。
あのときのあの苦しみは、自分の撒いた種からだ…
あの先輩先生のご指導の意味はこう受け止めたらよかったんだ…
すっごく調子よく授業ができたのも素直に自分の撒いた種と思いたい…!(準備も振り返りも相当頑張ったもの!
ただし、準備不足はどれだけ生徒さんたちに救われたことか!あの元気、あの正直なつまらなそうな顔!)
根拠のない自信も必要でした。
わたしがのびのびと自分を自分以上に発揮して、ズッコケても立ち向かえて、命を遣ってもいい務めだったと今も誇れる仕事。
そう言い切れるのは、授業、そして自分の受け持った学級4クラスに存在したすべての実りある果実(生徒さんのことです)に心の視線を痛いほど、くすぐったいほど、笑っちゃうほど正直にぶつけてもらったからだといえます。どんな視線も、全部、ひとりひとりが何かを伝えていました。
続く、、、のか?
ただ今、
眠気が心地よく目を閉ざしていきます。
おやすみなさい⭐
明日、また見直し必須
by citron