アーチェリー日和
羊は無防備
「我関せず♪🐑」のモデルに
すぐ隣の敷地でアーチェリーの矢がひゅんひゅん飛んでいても、
隣にうごめく矢を飛ばす生き物(人間)を信頼してくれているのか、
不安や恐れという人間特有の一時的な感覚を不要としているのか、
我関せず♪🐑
あくまで、♪付きの(世俗に関与しない様の)超然とした気楽さで。
自分たちの今一瞬を、草とともに、お日様とともに生きている羊。
元々本来「同じ人間を敵として殺す要素を持ちえない」はずの人間。
本当は「人間って戦う装備を持ち得ていない生きもの」だと知っていてくれるのは動物の方かも知れないね。
確かに、戦うつもりで生きていないわたし。
特に、攻撃をする人間とヘビ🐍とカマキリとは折り合い着けて棲み分けていたい。
わたしの爪、引っ掻くようにはできていない。いつの間にか、伸びたら切るが習性となっている。
わたしの犬歯、たまに頬っぺたの肉を噛んでしまうくらいの自分自身の敵でしかない。
わたしの拳(こぶし)、子どもたちのふくらはぎマッサージに活用する程度。どついたり👊(殴るの意)はしない。
眼力の威嚇…。野生には敵わない、偏った視力(右0.2左1.2メガネは慣れない)という軟弱ぶり。
口で言い負かすか?…気持ちの押し出しで負ける。
戦うようにはできていない人間。
わたしときたら、非常に無力だ。
そう、無でいい。
何者でなくていい。
命を受け渡す者同士。
羊の昼寝場所とアーチェリー場の隣り合わせの環境に、思わず人間の儚さを感じた日の話でした。
by citron
【学びの欲求: 日本】
日本という土地は、16000年前から始まった縄文という文明を持っていました。世界の人たちはすでに四大文明ではなく八大文明(サミュエルPハンチントン説)と学んでいることを知りました。日本での文明はその中でも古く、その後も日本という土地、日本語という言語は侵略されずにひらがなやカタカナまで独自に作り上げています。漢字においては、もはや中国語の漢字とは大きく異なっていますので、わたしは海外の人には日本語の漢字はKANJI(漢字=Chinese character)と伝えています。チャイニーズキャラクターとは異なりますと説明する場合もあります。日本で暮らす空気や音、人との繋がりによって日本語脳も構築して豊かに息づいていることを学び直しました。人同士が戦う武器を持たずにあらゆる地域から辿り着いた人間が長く暮らして居たという想像の世界は壮大です。そんな景色を見渡す想像は、とても自分の脚で立っていられないほど心が浮足立つ感覚に溺れます。
まだまだ、学びます。これがどっち寄り、どっち側の考え方か、など分かりませんが、決めつけずに進めていくことにします。自分の気が済むまで。おじいちゃんが孫に理解されてほっとしてくれるまで。父が九州の地で素直な心が学んだことが娘に理解されてそっか良かったと肩を撫で下ろすまで。わたしが本当の日本から学んで世界の中で堂々としていられるまで。
なあんて、壮大。
はい、真夜中手前の眠気の中に書かれた『ぼんやり日記』を読んでくれた皆さん、ありがとうございます♪
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