smoke treeを見つけたら 「もやる」気持ちも煙に巻いてなんてことなーい!

カテゴリー 赤裸々生きる道の途中

 

smoke tree ハグマノ木(白熊木)

<花言葉もあれこれ>

煙(けむ)に巻く

賢明

にぎやかな家族

はかない青春

11月も終わりに近づいて、たくさんのことを日々考えては雲隠れ。景色の流れとともに別のことを考えていたり、ぼんやりしたり。バスでの移動時間が一番、心身浄化されているようだ。

スマフォに目を落とすこともなく、朝日がついてきて眩しくて目を閉じる。

おっと眠ってしまう揺れ心地。

 

昨日の3語つなぎメッセージの記事【comfort zone/closed/fearless】は深夜に書き留めておいたもの。一晩明けて今読み返してみたら、まるで今日起こった出来事に遭遇したわたしに、誘いかけるようなメッセージじゃないかな、と思った。

昨日までは、

そうはいっても、今なんだかんだいって快適に働けているし、週4日勤務で通常より短縮の営業時間だし、シェフさん方の仕事の合間に出来上がるお菓子作りの恩恵を受けて、まかないランチには美味しくいただいていて、食べるしあわせをもらっているもんなぁ。良い職場だと思って今はもうちょっと面白がってやっていよう…!

ゆったりペースでまさに「快適に」働けていると実感していることを自覚しはじめていた。

 

ところが今日、オーナーからのシフト調整(来週の勤務予定)の話で話しかけられ、はい、その件は大丈夫です、で、次の話へ…と向かったわたしの暴走。←これだ…危険な種まき開始場面。

このテンポ…

頭の中でくるくると違う件の話が放出する。

無意識のうちに次の言葉出しが誤解を生んで、その誤解を解くまでの確認作業が降りかかった。けれども、結果、その後いい機会にもなった。さいわい、オーナーの考えを聴きだす話をすることができたんだ。そして、なによりの収穫がここだ。

 

自分の上手じゃないものの伝え方。

 

わたしは、「他の曜日も入ってくれるかどうか」と相談されるまで、てっきり、これから始まる長期休暇期間は学生さんが多く働きたいと思って遠慮していたんだ。ふたを開けると多くの学生さんが休みの希望を出しているんだと知った。すでにキッチンハンドのワーキングホリデーの働き手さんは帰国するため一人減ってしまう。その前に、南アフリカ青年【過去の記事:突然に辞めてしまった…】も辞めている。相談に納得するとすぐその返事は快く済ませて、脳みその中で、ちょっと前に考えていたり、他の人と話していて、目の前に現れた人に伝える必要のあると思ったことを今ここで言っておかなくちゃと口を突いて別の話に進めてしまった。

おお、振り返るとここがいけなかった。

わたしの口にストップをかけたらよかったんだ。

もう頭の中は次の事象に完全に移っていて、そして、で、つぎの話なんですが、と言いもせず、次々に考えていることに向かっている感覚に話し出したら気づけない。普段、思ったまんまその場で言えない、理不尽さにも言い返せないわたしの性質の一部がそんなふうで、ここぞとばかりに焦るのかもしれないな。

そして、その伝えたことは誤解を与えた。

幸い、オーナーのこれまでの経験にある固定された解釈にはあてはまらない、誰かと組みたいけど誰かとは仕事したくない?など好き嫌いで仕事をするわたしだと勘違いされては困るということは伝えることができた。

さらに、後ほど指摘を受けた。

そういう状況の職場なら、わたしが辞めます

「こんなことは、軽々しくいってはいけないよ。」と。

これは、近頃の(この仕事を続けていていいのかどうか…)の迷いが、この件でボンッと勃発してしまったということなんだな。

固定観念で返されたオーナーの発想に驚いたし、オーナーはわたしにはそういう考えがあるのかと思われたことに愕然としたことを思い切って言えた。そして、そう思わせてしまった素がわたしにあったこともここで気づいたんだ。

今までは飲み込まれていた。え?ん?…その場で本来の自分の在り様と違うことを言い返せなかった。

ここで「もやる」のだ。

2010年代に流行った言葉だそうだが、「もやる」と口に出して自分に使ってみたのは初めてかも知れない!

そもそも【もやがかかるの意味 動詞「靄る」】が心に靄がかかるもやもやした表現と重なる。言葉は面白い。

 

どうしても、話をした相手にも考え方の方向がある。

そして、同じじゃない。

わたしは、話をしている相手の価値観に丸め込まれるように、わたしを圧し込まれると「もやる。」

なんか違う、と思ってしまう。

そうじゃない、という説明を上手に伝えられることは場合による。

 

相手にも依る。

まるで『わたしの感情翻訳家』のようなわたしの思いを変換してくれる人にも出会う。

今回は頼ることができなそうだ。自分が頼り。

 

大概こういう圧し(これで「おし」とも読む)が強い人に言われることには違和感があって、おっしゃる通りではないことが多い。

わたしというのはもっとシンプルで、もっと人のことを思っている。

思う以上に人を思うから、自分にも厳しい。

それで、もっと自分にも

\ ま、いいじゃん♪ /

(言わせておこう。考え方は人それぞれ。)

そう自分と会話して自分を緩める技も知った。

 

「こんな自分だったら、イヤになる」だから自分の人生で避けていることはある。

⇒両舌に「誰かがこんなこと言ってましたよー」というようなこと。特に悪口影口告口…。

もう、これをする人は辞めていった。わたしから離れていった。そうする人は、いつかどこかでそれをされて苦しんでしまうだろう。そう肝に銘じている。

かといって、

あぁ、だめだ。こころがざわざわする。これをしていた人の姿を思い出すとぐにゃんとする。

それはもう、過去の出来事。

今わたしができることは、

自分の人生に両舌を寄せ付けない事。

そしてわたしも、

誤解されるようなものの言い方をしないようにする事。

 

上司やオーナーの立場の人に伝えようとすることはどちらかと言えば、人が困っていること、相談されていることを伝えて、できれば改善してもらいたい内容が多い。

良い子ぶりっこ?

小学校の学級委員長気質?

そうかもしれないな。大人になってからはそれは良い方法では無いかも。

これは、しょうがない。昔からの性分ということかな。今になって気づいた。

話の持ち出しが上手くないんだな。

わたしから聞かされる上司は、嫌な気分がするのかな。

言い方がまどろっこしいのか、角の立たないよう包み過ぎなのか。

いまだに、わたしは知らないんだ。

だから

いまだに言語化の学びの途中

 

今回の場合、人からの相談事項をわたしが伝えたところで、オーナーからはその当事者に聞き取りはしない。

そして、その当事者ご本人が自分の口でオーナーに伝えたとしても、その通りにはしない。

「オレが決める」

というのが回答だった。

人手不足の中、それぞれの要望は聞いていられないとおっしゃった。

「ホールもキッチンも助け合って回す」

これが、聴きたいことだった。

そうか、そういうことなんだな。

そこが一番知りたかった、オーナーの方針とは。

 

ホールスタッフはシェフに呼ばれて、キッチンハンド(皿洗い、その他諸々)の仕事を行き来する。その目に見えない大変さが伝わっていない事が明確になった。

ホールスタッフにはホールスタッフの心持ち、やるべきこと、それからキッチンの人たちとはまた違った性格もある。

穏やかな人が多く、お客さんの接客・接遇に気を配っている。お客様の人目がある場所で作業をするため、丁寧に提供するものの準備や整頓に気を配っているのは目に見えない仕事の一部だ。そして、みなさん、気配りがやさしいんだ。スタッフ同士に対して、でも。汚い言葉で会話しないし、大きな声で呼びかけない。怒鳴らない。そういう空気を作り合っているのがホールスタッフの今の落ち着いた環境作りにつながっていて居心地がいい。居心地がいいと思って一緒に働いていてくれたらいいなと、このおばちゃんは願っている。

おまけにキッチンからホールに戻ってくる彼らは、ぽそりとつぶやくんだ。悪口は決して言わない。そこがまた、立派だなと思う。

「このユニフォームのままでは、汚れを気にせず手伝いにくい(=ダルイ)。」

「髪の毛が邪魔で、キャップのないまま洗い物や食材の準備やお米を洗うのが億劫(=ダルイ)。」

「どちらの仕事も中途半端にしかできないと思われて、それであちこち使われている気がする(=ダルイ)。」と言う。

 

やりたくないわけじゃなくて、やりにくい。

下手に手を出すと、言われたようにできないと、きつい言葉が飛んでくる。

プライベートなことを聞いてきて答えにくい。

シモネタに付き合わされるのはちょっと…。

 

ホールスタッフ一同共感…。同じだ。

 

だから、

/

どちらの仕事もこなせて万能なんだね♪

役に立てていてすごいね♪

\

 

けど、あっちもこっちもは大変だよねぇ。

共感を共有する。

 

 

キッチンにはキッチンの流儀があるように見える。とても大切なことだと理解している。わたしが一番恐れているのは、下手な手出しはできない口の少々悪い指示や言葉が投げかけられる印象がある。それは過去に経験している。

「なんでもできる、はい、やって!」と一見頼られていると伝わっていればまだ良さそうだが、当の本人たち(複数いらっしゃる)そうは思えず、できないことの穴埋めにあちこち行かされているみたいという不甲斐なさ、疲弊しているという本音はオーナーには届いていない。

聴くつもりはないとおっしゃるから、そういうことだな。

それについて、聴かないということが分かった。

 

そういうことなんだな。

 

・・・

わたしは考えている途中。

 

・・・

そうだ。

今朝、開店準備中のこと、まだ出勤していない従業員さんが話題になっていた。オーナーがずっと引っかかっていたことなんだろうな。その人のかつてのミスを周囲に説明して「まぁ(その人を)…嫌いになったねっ」とほかの人たちに話す声が広がっていたところだった。同調を求めていたのかは察しない。その後その人が出勤してきたら、ちゃんと本人に伝えるのだろうか…。どうするための話だったんだろう…。好き嫌いを口にするのかぁ…。

こうやって、その場にいない人のことを言うんだな、という様子が窺えた。

もし同調する空気が出来上がっていたら、針の筵(むしろ)だ。

わたしなら、正直に辛い。

 

 

これまでのあらゆる職場で見てきたこと。

こういう会話のある環境の空気の淀み。

 

そういうことをしない職場もあったこと。

こういう会話を寄せ付けない環境の澄んだ空気。

 

 

美味しい空気のなかで作られる食事がいい。

美味しい空気を感じるお店の食事が食べたい。

 

食事の美味しさに限らない。

人も、おいしい空気の中で過ごす人でいたい。

 

わたしは、快適に働きたい。

 

その中で、ひとり、良い人になるつもりはないんだ。

汗水たらして、黙々淡々粛々と快適に働いて、おうちに帰って、

/

みんなお疲れさーん♪

\

 

そう言って家族の中にふわぁんと埋もれたいんだ。

 

そうして、昨日つなぎ合せたメッセージ

恐れなどない。

大胆不敵に。

 

はぁぁ。この残念感。自業自得感。

「しかたなや 撒いた種なら生えるもの」(仏のことば)

撒いちゃってたな、わたしも。

それでも一歩、話を聴けたことはよかった。

自分のいけなかったかなぁに気づけてよかった。

 

 

エネルギーは有限。

業(=行い)の合う人を大切にしていこう。

共業(ぐうごう)は大事。

もう、いいよね。

わたしだって毎日を生きている。

だれだって自分を生きている。

 

by citron