2019年2月の写真
レッドクロスのボランティア
ランチタイム
小学校低学年時代
「服やさんで働く」の夢を実現した日々だった
*だらだらとどうしても長いためスキップ
なんだかんだ言って
なにかやってみて進んでいる
今も
この現ビザ状況を変えるべく
ぐいっと前に進むスピード感が欲しくて
自分だけではどうしようもない書類と状況説明をお願いしてみたら
職場の理事会の方々が
優しさひとつで引き受けてくださり
厳しさと強い思いで「提出するからには絶対許可が得られる書類を出す!」との思いを見せてくださり
わたしはなにができている?とは思うけれど
生きている
by citron
【裏しとろん】
自分の中にあったルールとこの国で出くわすルールの合間に暮らしている。citronは正直に言うと打ち壊したかった、というのと、日本じゃ通用しない自分の大事にしている思いややり方を守りたかった。自分のルールを見直しては(この国に暮らしているうちはcitronにしっくり合っているかも)ということに出くわして救われてもいる。とっくにみなさんが感じていたしあわせを、citronは今頃になって築いていることに気づけたり、とっくに持ち合わせていたcitronにとってのしあわせを日本にいる間は包み隠していて今ここでじわじわっと包みの中から解放して解き放っている感覚に目覚めたり。要らないものをどさっと捨ててきたりしたんだから、もう増やさないでいられる。欲しいものはお金で買えないし、意欲も湧かないし、ちょうどいい。
または、「日本人らしく」と海外にいるからこそ大事にしていなきゃ…。その「していなきゃ」にまだ縛られていたことにも気づいている。まぁこのままじゃぁ身が持たないなと好い加減なことを言っている。な~んてそれほど日本人らしさが身についているかといえば、それこそ好い加減なところで欠如しているくせに。妙に大事にしようともしている。
昨年、息子が日本語クラスの授業を受けていてよく尋ねられたのが「仏教徒って何を信じている?どんな信仰?」
ほんとうだ。citronが持ち合わせている、生まれ持って感じてきた生活習慣。代々受け継がれているかの如く自分もしていること。
いただきます
ごちそうさま
配膳の位置
靴を揃える
「次の人どうぞ」精神の振り返り
トイレのスリッパ
公共機関の乗り物を降りるとき
手洗いに加えてのうがいは驚かれることも
ハンカチ使い
いろいろ普段無意識のうち、信仰は生活習慣にある、と伝えるばかりだった。
夏休みにばあばちゃんと毎夏休みになるとお寺の『地獄絵巻』を観ながら、ばあばちゃんから語られたこと。citronもおばあちゃん(子らにとっておおばあちゃん)に語られたことだった。
ほかにもある。
会釈
傘を傾けて通り過ぎること
車道を渡るときに譲られたら小走りに
お願いします…
この国にいたら、こちらの常識なんかも伝わりにくい。けれど、気づけばやっているし、こういうもんだとなっている。その反対に、この国に来てためらうことなくやるようになったこともある。
バスの運転手さんにHi!
降りるときには
Thank you!
道すがら
にこっとスマイル
「気持ち悪い」と言っていたこの国在住のお年60歳近くの男性もいた。何にも気持ち悪くない。「お互い威嚇するものは何もないよ」の合図なだけでしょ?日本でやったらそれこそ、いまどき気持ち悪いやら「こっち見たなッ」と他意を大きく恐怖心とともに想像する考えの中、本人に聞くこともなく「きっとそう」とおもんばかっちゃう(空気を読んでしまう=読めてない=無感情になる=自分という個を消す)作業の中、その想像のふくらみは果てしなく怖い。けれど、ここでは他意がないことがよく伝わるんだ。この国では。
小さい頃、よく言われたんだ。近所ではこちらからあいさつしなさいって。悪い人は悪いことできなくなるし、ご近所さんならその大きな声が周りに聞こえて見守っていてくれるから。いつか危ない目に遭いそうなとき、助けてくださるはずと。このご時世じゃぁ通じないかな。分かっている。けれど、堂々とすれ違う時の爽やかなあいさつ声には手は出せない。悩みを抱えていそうな弱々しい声の主を探しているに違いない。悩んでいそうなおどおどしてみせる声には、さらに恐怖心を与えることで自分の弱さを必死に隠しつつ面白がっている性質があるかもしれない。それは、理解している。だから(そんな悪い事する人なんていないだろう)が通用しない世界の中で、悪い事をさせないちっぽけな自分自身の予防策はあいさつのカーテンだ。ひらりと風通しの良いカーテン。心地の良い声が届いて、互いにそれぞれ心地の良いその後の時間に繋がればいい。それだけのこと。
アカデミー賞授賞式でオスカー賞を受賞されたメイクアップアーティストカズ・ヒロ氏をTVで知った。citronの世界にいる意図とは遥か違えど、志す中身とそれまでの道のりこそ遥かに違えど、世界のなかのひとりとして心からおめでとうと伝えたい気持ち。遠くから、citronも世界のなかのひとりとしてお祝いの気持ちでいっぱいになった。この方の日本への考え方も聴き、citronなりにじっくりと考えた。人はそれぞれに思う。それがいい。
単純に言っちゃえば、「普通科」の意味もよく知らず行きたいだけの高校に受かったくらいでわたしは、何を目指していたんだろうと空しくなった。高校に入ってすぐに、志望大学を訊かれてね。選べば3年後に行けるのかぁと、うきうきしちゃったけどとんでもなかった。まんまと時代の流れに心を護って無視してきたなとね。高校は大学に行くためのところ?なんてまた、その時思いもしなかった従順な人間だった。
けれどそれはまさに、自分に嘘をついていた。
子どもには高校には行かなくていいんだよと幼稚園の頃から告げていたのは、自分の反省からなんだろうな。自分の思う道を決めたら進んでほしかった。自分の意志だと自覚して。今、はっきりと息子が何をしたいからこの国の大学に行くんだと宣言したから、協力することにした。でなければ、来年で学業はおしまい、とするところだった。日本ではこの春で、おしまい。その先は職人修行、または世界に送り出す。そんなことしか考えていなかった。息子よ、世界には連れてきた。先は自分の思うように、行け~。
四半世紀も前のこと。教育実習中に実習仲間に言われた。朝日にあたったcitronの目玉を覗き込んで「citron!眼の色薄いねっ。さてはうそつきだなっ」って。うそつき…?
へ?
どんな子?
実習仲間は初対面揃いだった。それなのに、初日から不思議な信頼感に包まれていた。実習生室に戻れば、
「ただいま~失敗した~」
「お帰り~次ガンバロ~」
「行ってきま~す」
「今日は大丈夫だよ~」
励まし合って助け合った。
だから嫌な気持ちも無く、「そおなの~?」と何気なく済んだ話だった。その話のおちは「わたしのがもっと薄いよ~ほら~」と。あ、こうやって自分の弱点さらけ出していくのも悪くないなと思えたんだ。老舗饅頭屋の娘さん。人懐こくて素敵な人だった印象は今も変わらない。(失礼かもしれないけれど、とっても可愛らしかったんだ)
そのやりとりを今もときどき思い出す。
「うそつき」がテーマの時には特に我が身を振り返る。citronが自分がうそつきと思いたくない気持ちは強かった。今も。だれかに嘘をついて生きていくのはいやだなと。けれど、自分が自分に嘘をつく【過去の記事:2019年11月1日】そんなことにぶち当たって気付いてしまった時には本当に衝撃だった。
嘘を吐く相手は自分ってことね…と。
だから、あの時、腹立つこともなく腹に収まってずっとこの目ん玉を見つめながら生きてきて、たまげた(目ん玉が飛び出るほど驚いた、の意)んだ。
自分のルールの見直しに明け暮れるのはもうおしまい。
次の始まりはなんだろう。
自分に嘘ついてないでいられるうちに。
by 裏しとろん