九月一日は防災訓練の日
1923年
関東大震災の教訓
繋いでいた頃がある
【写真:たこやきやさん、いかが? 小学3年生クラスのお店屋さん商品サンプルを作ってみました】
ティッシュを濡らして丸めて色塗って 青のりしょうがをちりばめました(娘の幼稚園時代のアイデアより)
果樹園【固定ページで説明します】でもこの日は特別の意識をもって二学期始業式だった
なにしろ自身の幼いころから意識に組み込まれて臨んだからだ
ふざけた気持ちじゃいられない
昔から染みついて離れない生真面目さと未知の過去を想像しきれないもどかしさ
良くも悪くもこびりついていて
おばちゃん(わたしcitron)あかんねっ
九月一日
小学生時代のわたし
やり遂げた「渾身の宿題!?」を抱きかかえて学校に登校する
一通りの式が行われて
教室で過ごすと
「訓練...」
緊張の走る校内放送が聞こえてくる
まだ日差しの強い校庭へ
音を掻き消しながら
上靴が地面に擦る音だけが砂埃と共に立ち込めて
全校を3分以内に移動させる
幼いながらに
重々しく
想像しきれない昔のことを想像して
実際に生きていた人々にどんなことが起こったんだろうと
映像とおばあちゃんの話でしか知らない戦争の映像とともに
ただ想像した
小学4年生になると
キリストの誕生のお話の本が教室の学級文庫に置かれていたものだから
思わず手にして
読書タイムに何度もその本を自分の席にもってきて
しばし想像を超える世界を想像した
友達と校庭で遊ぶのは率先して大好き!だったけど
そのころから休み時間に図書室にひとりで探検に行くようになった
学校の中の静かな場所を発見した気分だった
そこで出会ったのは
アンネの日記
第二次世界大戦の日本以外の無残な真実
広島、長崎の原子爆弾後の人々の目が離せない表情
長崎という場所とキリスト教との関わり
(出島にはいつか足を運ぶんだと願っていたら、残念)
次々と知らない世界が繋がっていった
夏休みには
偶然にも
母は知っていたのかな
デパートで開催されていた
『アンネの日記展』
連れて行ってくれたんだ
そのあと
夏休みの絵日記にも濃い色を多く使って
書く欄が足りなくなるほど日記に残したことを覚えている
日本の夏の匂いと音と空気は特別
海外で過ごしても
どこかにそれら一式を探す
蜩(ヒグラシ)は日本の上品な鳴き方とは違う
むんとする空気と重なる匂いはなかなかたどり着かない
けれど
あの時代を思い続ける何かを求める
どうしても考えてしまう
あの時代に生きていたら
どんな行動をする人間でいたんだろう
望むのは
炊き出しをする人であってほしい
人々に声をかけて励ましつつ実は自分が励まされていることを自覚して人のそばにいたい
助ける側にいられるようにがっちり守れる強い体の自分でいたい
できればそのときお母さんじゃないほうがいい
我が子のことを守れるか分からないから
泣かずにへこたれずにガッハッハと強くいられるんだろうか
食べ物に困っていないフリができるだろうか
いいや出来ない
無いものは無い!今あるものをありがたく食べるよ!と平気で言ってしまいそう(今がそうだから!)
子どもにも
ほれ!手伝って!と我が子の辛さを聞いてあげる余裕を掻き消してしまいそう
どんな生き方をする人間だったのか知りたい
九月一日
時代をさかのぼって
ぐんと昔の人のことを思って
それでいて
未来を考える日だと思っている
こちらの空は曇りだけれど
洗濯のよく乾きそうな
ぬる暖かい風が
春だよと言って入ってくる
今できることをしているだけ
明日の満月から
感謝をいっぱいしながら
来週に向かう
手元にある
今できることをやっておく
それはなんだろっ?
by citron