外側の景色
内側から見る👀
(pic:毎朝のバス停にて)
「(citron)は人に厳しく、自分にも厳しい方だから、、、。
もっと、ご自身を大切に。いつまでも、その笑顔をくださいね♪」
こんなお手紙もらっちゃったら、泣けます。
こんな風にしあわせな気分をもらうこともあるのです。
けれども、この言葉は当時、痛く刺さりました。
ずいぶんと的を射ている言葉でした。(さすが、のご指摘に感謝しかなかったです。ありがとね。)
これは、もう、外側目線で内側の自分を監視していては大切なものを守れない。
心が叫びました。
わたしは外側の目線に縛られていたから、他人にも「こうじゃなきゃ」「それはずるいんじゃない?」こんな考えを生み出して。自分の本当の内側にまでも厳しくして。
他人に厳しく自分にも厳しい
外側の見方で自分を窮屈にすること。
いつか、また『世界のどこかでまた会おう』とその頃には、この気づきをくれたおかげで本当の自分がにじみ出る自分でいたい。そういう自分を描いています。
自分を大切に思って人を大切にする
この順番が大事なんだと、卒業していく果実たちの寄せ書きに書いたくせに…とよく自分の反省にしていました。
自分がよしなら人にも良しと言える
自分が大事じゃないと他人を大事に出来ない
大丈夫です。
自己中心的じゃないですから。
自分によしって言えたら
他人の大概もよしと言える
「自分によし」は「自分に由(よし)あり」
自分なりの理由をもってそれでいいんだ!と自分を許すことに似ている。
そしたら
「自由」なんだと。
外側の出来事の大半は自分の問題じゃないことが多いです。
「好き嫌い」で自分のことを「嫌い」と判断されたら、悲しいですけど、それはその人の都合なだけですから。(仏の教えからいつの間にか日常の知恵になっていました)
近頃、外側の出来事が自分に迫ってきた時のために、合言葉ができました。
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Not my concern! 【ノット マイ コンサーン】
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出来る限りはうきうき気味に。
自分によしが出るまで繰り返します。
ノッマイコンサーン…ノッマイコンサーン…よし!(もやもやが)去った
(わたしの心配することじゃない♪)
そういうことが見えてきたら
ふわっとなれます。
マオリ語では
カーパイ♪(いいね)
これもいかがでしょ。
母も気に入って近頃メールで使っています。
毎朝の「安否確認メールにて」。

家族を頼みますね、ネリーさん。
b citron
