

こんなパンケーキのかたちも
こんなゼリーの存在も
四半世紀前に教わった
ペンシルバニア州 ランカスターの思い出
citronを絞り出すのに
この一か月のホームステイの日々が無ければ
ただの酸っぱい生き物でしかないわたし
大学4年生になる前の春休暇
21歳
教会で英語を学生にやさしいお月謝で学び 聖書も学ぶ
穏やかな宣教師さんから
多くを学んだ
決して宗教を変えようとしない
今の自分を生かす教え
多くの考え方を受け入れる
苦しみ
むしろ寛容
同じ大学で知り合った40代のマダム同級生と教会で大学でともに学んだことも大きな経験だった
「30歳まで結婚しなかったらスペイン旅行に連れて行ってあげるわ~」
気楽に本気で実践する方だと分かっていたから
当然狙っていた
当時はスペイン語を学習していたし
バレンシア地方でアパートを借りて
自転車で街を走る
そんなさわやかなことをしたいと言いふらして
根拠もなく実行する予定でいたから
結婚はするつもりなどなかった
そこからぐんと働き盛り!
この年齢になったらこういう自分!などなど
18歳高校の卒業式の夜に書いた「自分未来史?バイオリズム」なるものを新聞広告の上にでっかく書いて母に見せたんだ
母はなかなかなもんだね〜と感心してくれた
それで
当時のcitron
結婚なんて眼中なし!
大学四年の就職活動 1件だけやってみた
ホームステイから帰国して
感じたこと やってみたくなったことを
ハガキのようなものに書いて
とある出版会社に宛てた
6月まで出したことも忘れていた
就職氷河期
バブルは味わっていない
物静かな
イモ洗い状態の中で
みなと同じ
同級生とうまくやること
先生の言うとおりになんて
違和感が溢れた大学時代
あぁ あおかった
それが!
ある実習中真っ只中
そのハガキの会社から電話があったのを母が受け取った
「最終面接に来ませんか」
どこにあるかも知らないのに
行けなかった
実習先の縛りが強すぎて
残念
当時のアメリカで多くのお年寄りと出会い 語らいDo together!を経験したこと
あの頃の日本ではまだ見られない
けれど
日本の父や母がこういう老年時代を過ごせたらな
思いを強く持って
帰国した
そのまんまをそのハガキに
熱く語ってあったらしい
残念
今では多く出版されているんだもんな
こういうこと
よくある
帰国後のcitron
奮起して考えを強く自信に替えて
みんなの進む同じ道を 捨てた
就職探し用の服は 用意しなかった
そのかわり
ドイツ語特訓
英語まみれ
図書館入りびたり
バイトしまくり
目標達成そして始まりの日に的を絞り込み
一気に向かった
あっという間
そうして
矢が突き刺さる場所を外さなかった
その間続けていたことは
ホームステイ先のおばあちゃんグランマへの手紙
宛先はアメリカペンシルベニア州
書き続けた
返事を待って
すぐに返信してを間髪入れず繰り返した
グランマからの声がほしくて
祈ってほしくて
愛をいっぱい受け取りたくて
おかげで
自身の親への愛情
家族を想う愛情
自分の道は自分が思ったように動くこと
Do together(ともにやってみること)
心の中がぱかっと開けて
向かっていったのを心身全部で感じる不思議を受け取っていた
まさか 今もメールで書き続けているとは
子どもらを会わせることができるとは
妊婦でもDaさんと覚悟して報告に行けるとは
citronの母 愛しの妹も連れていけるとは
(citronの父未だ叶わず…チャンスを待つ!)
新婚旅行は ハネムーンどころか
ホームステイ先で農業手伝いなんて
周りはつまらないと言ったけど
これは予定通り!
楽しかった
かつて出会った人たちにも祝福されて
こんなに四半世紀を支えてくれる存在に出会って
今があるcitron
さまよえる今も
グランマの娘ジーン
グランマの代筆も自身の言葉も
citronに届けてくれる
まるでcitronの母と一緒になって
タッグを組んで
応援している
今夜もまた
メールを送信
心配させているね
もう少し粘るから
のびのび生きる娘に育ててくれて
ありがとね

ここにものびのび娘
citronの母 父 愛しの妹
お世話になっています
この話は終わりがない
しかも独りよがりで
つづく
by citron