歩きブドウにハマっている
セネガル出身友だちのまねっこ
けれど
いちばんおいしい食べ方かも
いいねぇ
取っ払われた「~しなくちゃ」
ぶどうは洗ってから食べなくちゃ(ちゃんと気をつけている母親のフリ…!)
日本のぶどうは秋のイメージ(特に巨峰は素晴らしい)
カリフォルニアグレープは冬
皮の白い感じが心配だった昔だけど
25年前のペンシルバニアホームステイで
庭先のグレープをつまんでその場でグランマとかじって以来
そのまま食べることに抵抗がなくなっていた
けれど日本では
(ま 洗っとこう 世間も言うし…)
なにか「正しいとされること」に流されてしていたこと
この国に来ても洗わなくちゃとなるか?citron…と思っていたら
あっという間に取っ払っちゃってこうなった
いいよいいよ 食べちゃうよ
あの感覚が戻っていた
家族も袋に手を突っ込んで
ぱくりと口へ頬り込む
それでいいわっ
途中のマーケットで
カリフォルニア産シードレスのぶどう一袋1kgを
袋ごと手にぶらぶらさせて
歩きながらぷりっと食べながら
水分&糖分補給だ なんて
本当に自由な気持ち
気ままな気持ちを手に入れた感覚を覚えた
皮の白い感じは「ブルーム」と言ったよね グランマ
ブドウを守るために自ら作り出す白い粉
立派な自然界の自己防衛
農薬とは違うってね
種の無い(シードレス)ぷりっぷりの緑のぶどう
ペンシルバニアの木洩れ日の下でつまんで食べたときも
この国の山歩きで歩きブドウを楽しんだときも
『すっぱい葡萄』か?
なんて疑わず
美味しいにきまってるってことしか浮かばなかった
何も疑わずに
口に頬張って
美味しいね~と言い合える人がいることだけが
幸せなブドウの思い出
そうだよ
『すっぱい葡萄』”The Fox and the Grapes”
イソップ寓話に似たかつて職場でのあれこれ出来事はもう切り離し作業完了
『珍獣図鑑』にも葬ってぱたんと閉じた
あのときの狐さん
ただの
その当時には大事とされていたご自身も信じて疑わなかったのであろう慣例を教えようとしてくれた先輩
感謝しておしまい
今までは良くても
これからの時代に合うだろうか
日本でも
夏休みの終わりごろ
夏の恵みの贈り物
巨峰狩りに出掛けたな
たっぷりと摘み終わって
待ちきれなくて
みんなで頬張った
やっぱりぶどうは
幸せな思い出のまま
ぷりっと頂くのがいちばん
by citron