何に焦点を当てて撮ったのか分かり辛いですね📷
Taro mochi
サトイモペーストのおもちだったんです。
日本語で「おもち」と箱に書かれていても日本製ではないんです。
日本語表記はこちらでもよく見かけます、が、デザインのように用いられているようです。
娘に「たまには、おもちどう?」と
買い物中に選択権を与えましたら
いつも通り、さっさと選んできました。
おかげで初の!
「サトイモペースト」と書かれたおもちを経験することができました。
買ってから3日経っても最後のひとつがなかなか減らず、
冷蔵庫に眠っています。
遠慮し合う我が家かな。
【2007年生まれの娘に観る特徴のひとつ】
俯瞰(ふかん)して平常心
感情の振れ幅を狭めて
ちょいと斜め上から眺めているような
大喜びして見せないし
(え?嬉しいよと平たく言います)
悲しみを露わに泣き叫ばない
(しょっちゅう悔し涙をじんわりと涙している…!)
怒りでプルプルしたところを見たことがないです。
喜怒哀楽を出さないで
人生を存分に生きていることになるのかな
どうなのかなと
できれば「怒」や「哀」は薄めたいなと
感情のあれこれを考えたら
「感情」は、一時的に自分で作るものなのかもと思えてきました。
どの感情も長く続かないから。
そうか、
俯瞰(ふかん)
これなんですなっ。
【「どしんとしてる」「動じない」は褒め言葉だったのか?】
ついでにわたしに思い当たるのは、
人に言われていたことですが、
「なにがあっても動じないなぁ」と。
でかいから図々しくふてぶてしく見えるのか?とか
そんなことはない!わたしにだって豊かな感情がある!
ということで「感情豊かに見せていた」部分が見え隠れしていたと思います。
明らかに「他人から目線」の自分作りに必死だったんでしょうね、と、あの頃のわたしに聴いてみる。
けれども、本当の所、大概のことはあまり大したことないと思っているひんやりしたところも見抜かれていたと今なら認めようと思います。
そして、そういう自分がわたしのそのままだから、もっと早くに自分によし!としていたら、もっと楽だったかなとも。
「動じない」「どしんとしている」は褒め言葉か?
結論、これからのわたしには褒め言葉に受け止めたい言葉です。
それでも、勝手に湧き出てくるこの顔の表情や笑顔は作りようもないので、心の中からそのまんまです。
「citronちゃんは笑顔の人だね」剣舞・詩舞を習っていた頃、一緒に習っていたおばさま方に言ってもらえたことは感謝です。自信が持てました。
「いやなことがあると顔に出る」大学生時代、イタリア料理屋のバイト先のマネージャーに言われたことがあります。嫌だったんです。マネージャーのヘビースモーカー独特の匂いが…。嫌煙家です。ごめんなさい。今思えば、嫌な顔を指摘されたことを疎ましがらずに、タバコは好きじゃない自分を自分で認めてよしにすればよかったなと反省しています。
どちらもわたしに直接言ってくださったことに感謝ばかりです。それはとてもありがたいことだなとずっとそれらの言葉を大事にしてきました。
感情の起伏は顔芸として表われていたということです。
「感情」は一時的に自分で作るもの。
だから、感情豊かにとは言っても特に負の感情作りは、年々あまりよくないことなんだと。
だから、
俯瞰
負の感情も嬉しすぎる感情も
俯瞰
平たい心で気分よく。
そういうことなんだな。
それで、娘。
娘の見えている性質が全部じゃない。
見えていない芽が出てくるかもしれないな♪
心の中ではどでーんとしているわたしがあります。
娘のそのまんまがなかなか面白い存在なんだと眺めています。
『これからの時代』というのが楽しみなのは、
世界中の子どもたちが面白い芽を見せてくれるからです。
日本をルーツに持つ子どもたち、面白いです。
こちらで生まれた日本人の子どもたちにも出会いますが、なかなか面白いです。
観えない何かがあるんですね♪
by citron
