チャイナマートに
なめ茸見つけて
食卓に出した。
日本米はなかなか手が出せず、この国に流通しているベトナムやオーストラリア産の米を鍋で炊いている。ふっくらと炊きあがったごはんの風味を期待する代わりに、ごはんに乗せる何かが恋しくなる。
「みたらし団子のタレの味に似てる」と娘が言う。
それほどには飛びつかなかった。
「家でも作れるかもね」と息子も言う。
冷静だ。
『ごはんですよ』という桃屋の海苔が、懐かしくなった時期があった。まるでごはんの温泉に浸かるように海苔が湯気に包まれていく感じ。箸ですくいあげて「はふはふ」と口の中で溶かす。疑似体験だとしてもそれがしたくて、わりと安価に手に入る日本の板海苔を甘醤油で煮詰めて、わたしなりに類似品を完成?させた経緯がある。
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Daさんは、なんであれご満悦。
「納豆と味噌、豆腐も作れるかもね。」自給自足への妄想は拡がるようだ。もしかしたら、着手しかねない。
【本音はある けれどそれが無くても不幸じゃない】
『本物日本』の流通についての本音
15年前のカナダ暮らしと比べて【過去の記事:「行くのを辞めた国」他】日本食の食材が、価格面においても、店舗探しも容易くなっている。食べ盛り集団ではあるが美食にはこだわらない我が家にとって、海外の暮らしに影響する有り難い変化を感じている。そして、案外なんでも買い揃えないと辛く苦しいわけでもなく、欲しい商品のお買い得、見切り処分の時期と我が家の物欲が重なった時に手に入ればいいかな…くらいの暮らしぶりである。そうして1週間のゴミの量は一斗缶一つ分で済んでいる。(さすがにゴミの姿は写真でお見せできない。)
できれば「本物日本」の商品が流通したら、と望んでいる本音がある。
類似品の類似国産品に類似店舗名(例えばLAWSON、無印良品)、目に映るたび正直なところ項垂れる。
「本物日本」の存在が素晴らしいからこそ真似されて、国外では類似であれ救われることは幾度もある。
「本物日本」の商品が、これから日本を訪問する楽しみ、またはかつて訪問した時の忘れられない味、ものを、多くの人にそしてその人の現地にも届けられるのではないか。なにしろ日本だからこその良いものは多くの人の記憶にあって、実際に日本にいた時もこの国に暮らしていてもよく尋ねられる現状にあるのだから。これは経済の流れや外交戦略を分かっていないからこその「もの知らなさ、だといいな感(by citronわたしです)」目線だと自覚している。
『本物日本』を大事にすることと『日本に暮らす人』との価値ある存在感についての本音
専門の人に出会えたらぜひ話を聴いてみたい。
「本物の日本を保護拡大するためにも海外で日本の食や商品、人の価値を守ること、本当の実際はどうなっているの?」と。
それらが守られることと、『日本に暮らす人』が価値ある存在に保たれることは等しく大事なことではないかと思うんだ。わたし個人は、海外から来た日本に貢献する人、国を繋ぐ人、身近なところで暮らしを支える仕事を担っている人、日本を学ぶ人、心の支えになる一緒に日本に来た家族も含めて『日本に暮らす人』と考えているよ。
日本で学んだり働いたり旅したりして、日本を知って良い思いを得た人も、日本で辛い思いを抱えた人も、いずれこの世界に溢れ返る。そして、また世界のどこかで日本を知る人に出会うのだから、同じく大事な存在の一部だ。
日本の良さは、
人を育むこと
人の尊さを知る人が堂々と生きていること
そうやって、心の奥の豊かな暮らしを培ってきたんじゃないかなとは、わたしなりの考えだ。遠く縄文時代のこと。多民族と一緒になって、生きるための交流があっただろう景色にまで思いを巡らしている。
…少々スプラーッシュ(飛び散ったイメージ…)した考えが露わになる。
さらに続けて、大量生産にため息の本音
静かにため息も漏れてしまう。
文句は言わないけども、どの国のものでもやっぱり本物がいい。
そういえば、この国のアンティークショップの店員さんが言っていた。
「この国で作られた商品は、もうほとんど出回っていないのよ。」
たしかに、訪れたその時も古いタンスの臭いの残るドレスと穴の開いたウールのセーターしか見当たらなかった。大量生産で流れてきた、けれども比較的大切に使われてきたもの、ずっと屋根裏に置かれていたものが並んでいるそうなのだ。多くの移民を受け入れて、大量生産され輸入された商品がこの国にも溢れている。その廃棄された商品は他の国で埋め立てられてゴミの山となっている。
『合格基準の違い』なのか曖昧についての本音
店に並ぶ輸入商品にまさにこれ!と思うような見慣れた日本食材の商品はそれほどない。日本で見たこともないような会社の商品が店頭に並んでいる。
もう一つには原材料や成分について、この国では使用禁止のものが日本からの商品に含まれている場合もある。食品添加物など、日本と海外との基準が異なるものがあることはかなり気づかされたし、現地の人から教えてもらっているところだ。日本ばかりが安心安全とは限らないことも自分の国のことだからこそ受け止めて、じゃあ日本で暮らす場合にはどう選択していくかを活かしたいなと考える機会になっている。
この先の未来には、『本物日本』がしなやかに堂々と世界の中で存在してることを想像していたいんだ。こちらで日本で売られている商品の約3倍ほどで売られているのなら、日本でもそれくらいで売ってもいい(製造にかかわる人、販売する人、商品そのものに対して)価値があるのではないかと。日々働く姿を想像するだけでも目が輝いてしまう。何気なく日本で食べていたものにもじんわりと感動がよみがえる。単純に嬉しくて美味しいんだ♪買う人が価値を決めてもいいくらいに感動すると思うよ。つまり日本で働く人には、人材には、価値がある。世界の中でも日本でも。
ちょっと今回、偏った想いを露わにしている。
だからこそ、
じゃあ自分はこう考える、その自分なりの考えを大事にしてよ、息子、娘。
あれ?そういえばなめ茸に使われてるキノコ、日本産?
仕事が終わって帰宅して、確認したら
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長野県産
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ご馳走になります!
なんだかんだ言って嬉しい気持ち『本物日本』
by citron
