Growth心の成長 日に日に

カテゴリー haha! 母citron

ハンドボール

再開しないかなぁ

(やぁまだまだじゃない?)

母心

 

いつまでも

鳥のかご

閉じ込めて眺めるつもりは

毛頭ないけれど

コロナ禍(か)にあっては

自分で判断するようにと

切に切に願っている

そのために

普段から

Covid-19のニュース

政府からの毎日のデータ

首相の発表

ことあるごとに一緒に観てきた

そして

やっぱり

先週末

「土日のどっちかで遊びに行かない?」

留学生としてこちらに来ている一つ上のお兄さんから

嬉しいお誘い

本当に嬉しそうだった

なにしろロックダウン前日

久しぶりの外出が楽しくて

明日も行こう!と盛り上がった矢先のロックダウン開始

2か月ぶり

午前中から出かける約束ができるのは日本人の友だちだけ

他の約束はいつも午後1時やら2時集合の日暮れ前帰宅

または時間過ぎてからの

「まだ寝てる」ドタキャンで

さんざんがっかりを経験している

それもまあ経験

日本じゃなかなかなかった経験

ラマダンがあったり

まだまだ親の一声で予定が変わったり

教会に行ったり

世界を痛感している

じゃあどうするの気持ちの切り替えを学ぶしかない様子

 

わかるよ

日本のハンドボール仲間と

近所のモールに繰り出して

みんなでフードコートでテーブル囲んで

ご飯を自分で注文して

大人の入り口

そういう経験もできたもんね

席を離れるときには

だれともなく進んで

テーブルをクロスで拭いて

他の子たちは

椅子を戻して

テーブルを整えて

最後振り向いて

忘れ物ないかチェックしていたのを目撃しちゃったときは

ちょっとクスッと笑えたけど

ハンドボール仲間たち

いろいろ考えて行動してるんだなと

微笑ましく思った

 

こちらの国に来て

おそらく満たされない日々だろうに

学校に行けば

馴染の友だちはできたけれど

日本にいたときほどの絆の感覚は

いまだ探し中だろうに

それでも毎日

よく通っている

 

学校が再開して一週間

まだ学校に来ていないエチオピア出身の友だちにも

学校から電話して声を聴けたらしい

スポーツ大好き仲間だからね

まだまだ用心も大事

いろんな人の考えを知る機会となっている

そんな中

なんとか一週間を終えての帰宅に事件が発生した

 

・・・

帰宅の道は大通りの一本道

いつもすれ違う両親と小さな子の3人組

帽子を深々とかぶっていたお父さん

息子が間もなくすれ違うのに気づかなかったそうだ

すると顔を上げた途端に気づいたのか

「2メートル、ほら、開けてっ」と

息子が驚くほどだから

どんな言い方だったのか…

すれ違うと振り返って

「2メートルってわかるか?」

はは~ん…

(母心 よからぬ想像がうごめいたが…)

しかし息子

振り返って頭を下げて

そのまま歩き続けたとのこと

ひゃ~

その話を帰宅した息子がわりと冷静にしたんだ

今度から違う道で帰ってくるからいいよ

オレが悪い事したわけじゃない

(そうだそうだ!そのお父さんもしかして嫌なことがあったのかもよ~)

母は極端なほど我が子の味方だ

「嫌な気分しちゃって嫌だったね…」

同じ気分になるしかできないけどね

そうしたら

娘の方が

「え?言い返さなかったの?そういう時は言い返すんだよ!」

おやまたびっくり!

「おにいちゃん(とは、絶対に呼ばないが…)お人よし?」

だって

たしかに

娘にも経験があった

学校でボール遊びの最中転がっていた先にいたお姉さんがボールをよそに蹴ったそうだ

そこで一言

“Stop it.”

「そのあと、もういやなことしなくなったよ!」だって

ひゃ~

 

どんな出来事が起こるか

それを妨げることはできない

この先の人生も

出くわしたときに

どうするか…

いろんなことをしっかりと受け止めるしかない

良いこと悪い事今のうちに出くわしておいでと今はわたしが覚悟してる

仕方ないっ

 

家に帰ったら聞いてもらおう

家に帰ったらもう安心

そう思ってもらえる場所にしておこう

そのためには

今日どうだった?

訊かないでいる

何の勉強した?

これは尋ねる

「自分から学ぶ」気持ちがあるうちは

学校の学習は子どもの仕事

将来の選択肢を増やす作業

自覚してもらわなくちゃこまるっ

そういうご時世ではなくなりつつあるかもしれないけれど

学校には学校で学ぶことがある

これは言える

学校要らない

これはわかる

できればその理由が聞けたらいいなと思う

そういうことを話してくれる「心の相談窓口」になれたらと今でも思う

親と学校以外の安心してもらえる大人になれたらと今でも思う

ママ友や先生には話せないもやもやを話してもらえる大人仲間になれたらと今こそ思う

 

多少の嫌なこと

自分中心じゃないこと

先生の目に留まらなくても

友だちと意見が合わなくても

世の中にでれば珍獣にいっぱい出くわす

自分はそのなかでどんな珍獣の種類なのか

けれどかと言って

その中には収まらない

自分自身という珍獣であることも自覚して面白がる必要もある

 

ただね…

「自分から学ぶ気持ち」がどうにも持てなくなったとき

我が家に新しくできた

「リフレッシュデー」

身体が元気な時に学校をお休みする日

身体は元気だけど心が追いつかない日

「リフレッシュデー」

学期に一回と覚悟しておいたけど

いつのまにか

この権利が使用されなくなっている

次はいつかなと待つようになっているこの親

良いのか悪いのか始めた当初は

甘やかしてるなぁとか

こんなんでお母さん(citron)いいのか?

自問自答もつかの間

子どもの成長のが早くて

やってみたら案外効果ありの様子で

大人だって欲しい心の休暇

こどもならなおさら欲しいよね?と

振り切れなかった思いを

実行していた

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆(教職時代フラッシュバック供養)

子どもの様子を見て休ませる親御さんの姿も見せていただいていた

その度に

はっと気づかされていた

その日クラスにいてほしい日でも

子どもにとってはそうじゃない

勝手なことを言って

なんとか来られませんか?

などと言ったこともあっただろうなと教職時代をまた反省

お母さんの判断を決して甘やかしとは思わないでいたけれど

こちらの我がままはあったなと

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

正しいお母さんなんて要らないんだね

子どもには

心のそばにいてくれる程度の

お母さん

そのうち

今日ねぇ 誰かがねぇと

話し出すのを待っていると

うるさいわってくらい喋っている

あぁ 勝手な親だこと!

今じゃ息子から

「反抗期はどっちかな?」

茶化される

 

by citron

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