座礁の際は離礁を急ぎません

カテゴリー haha! 母citron, 過去 citron

2019年2月の写真から

今年も同じ景色があって

観ているだけで楽しかった

ヒ~~ホウッ

昨夜、大人に混じっていつものハンドボール練習から帰ると、日本のハンドボール仲間たちがハンドボールで高校推薦が決まっていく報告を話しながら息子が言うんだ。足っ臭(あしっくさ)なためすぐにシャワーを浴びてベッドに入る間際のことだった。

「来世では、日本の部活に入ろう…ZZZ」すぐに寝入った。

息子の思うような返答が訊けなかったんだろうな。わたしからは。けど、わたしは切なくなったよ。来世なんてきっともう親子じゃない。お互い別の生き物になっているかもしれないのに。だから、朝起きてきたら息子に言ったんだ。

「現世のうちに友だちのいる高校をあちこち訪れて一緒にハンドボールをさせてもらえるよ。現世のうちにやってみようと思ったことは全部実行してくれないとその姿、見れないじゃん。だから今、現世のうちに、この家族でいるうちに、この国にみんなで来てる。」

「そうだよ。そうするんだよ。」

ちっ(注!舌打ちは負けを認めないよわっちい人のする威嚇表現)、しまった。毎回毎回いろいろ言い過ぎた。

そう言われる前からそう考えていたそうで、けろっとして早めに登校した。今年度のバレー部とバドミントン部の入会金を払う(ここでは自分の銀行カードから学校で支払う)ためだそうだ。あっ、そう。元気が一番。いってらっしゃい。

*以降、話題変わって、今日は重いのでスキップをお勧め  (長すぎる…)

今年も同じ景色の中で

by citron

 

 

 

【裏しとろん】

溺れていた原因にぶち当たる

(後悔=航海路線で語ってみよう)

溺れた先:かつての自分にある深い後悔の念という大海原

時代:2008年以降育休復帰した巨大な職場という巨大な船

ぶち当たったもの:ある方のtwitter記事にある動画『#言語難民』

目に見えない氷山の一角のごとくカチコチに冷凍保存されていた感情にぶち当たったおかげで、一気に溶け出して吹き出した後悔。結果、この記事にぶち当たることができて、少々遅かったけど良かった。あのころあの最中(さなか)にこの記事や同じ悩み、志を持つ人に出会えていたら、自分がひとりでも始めていれば、と自分を掘り越す機会となってよかった。

(後悔の念に)溺れた原因:かつての果てしないほどの巨大な組織の意向になんとか沿うようにと自分を埋め込もうとしたことで、その大きな集団行動の中で「一枚岩となって」群れをなすため、大切な信念を曲げたことによる。また、教育委員会の国際教育担当主任に意見を仰ぐと「前例がない」と納められ、一歩その先に足をねじ込んでこじ開けなかった自分で封印してしまった弱さにもよる。

 

あ~だめ。

朝からtwitterにあったひとつの記事に釘付けになり

涙腺緩んで大洪水。

かつての

キラキラした外国籍の子どもたち一人残らず

目頭から脳からcitronの記憶するあちこちに浮かんで

申し訳けなさと後悔に苛(さいな)まれている。

2000&2001生まれの果実たちよりも前に出会った、巨大な学校に通う複数の外国籍の子どもたち。

またその時の外国語指導員の海外にルーツを持つ先生たち。

週に一度午後2時間、外国籍の子どもたちと学校の図書室に集まり、豊かな日本語教室の時間が行われた。

子どもたちは日本語検定に向けて、日本語のむずかしさに苦しんでいた。それでもイキイキと。「日本で生きていくんだもんっ」と声を弾ませて。「お父さんが一生懸命に僕たちのために働いてくれるんだ」といつも話してくれるのは、わたしの担任するクラスのブラジル人男子。テレビアナウンサーになったらと周りから言われるほど爽やかで、穏やかで、丁寧に日本語を話す落ち着いた声と人柄だった。ファッションの世界に憧れる女子たちは、見事、高校でデザインを学んでいて、その姿を参観するためその高校に招待されたことは、本当にしあわせだった。それなのに、わたしときたら、大事な道具になる日本語を渡しそびれて、その子たちの苦労を深くも知らず、目の前で楽しげに日本語で話せていることで良しとしていた。もっと必要な言葉はもっとあって、それが何かをもっとわたしが知ろうとすればよかった。それをひとつずつ身につけて、もっと必要な言葉の表現をもっと惜しみなくわたしもあの子たちと交換し合えばよかった。届かない。ここにいてぼっとしていたら、届かない。

この子たちを見つめるとき、一緒に悩んで話して励まし合うことができたのが、週に一度来校(=まさに助っ人の来航)する、外国人指導員の海外にルーツを持つ先生たちだった。すぐに胸の内、家族の悩み、将来のこと、あらゆる深い話をしながら励まし合った仲間だ。この話はまた、あらためて。

それから、教職員の同僚、ひな壇にいらっしゃる「お偉い立場」の中にも共感し合って、協力してくれる人たちがいたことも忘れずに記しておこう。決してひとりじゃないと思えたし、同じように子どもたちを見守ってくれていて、様子を伝え合ったりしたあったかい見守りが心強くて、「その企画、やっちゃいましょう!」とわたしの提案する活動も受け入れて、のびのびできることも確かにあったから。また、思い出したらあらためて。

 

あの子どもたちのキラキラした眼を思い出すと、都合よく良かったことしか書きだしていないな、citron(わたしです)。あの大海原の航海中(教員人生)には、忘れてしまったけど、多くの海難事故に遭遇していた。その例えは不謹慎かもしれないけれど、わたしはわたしで不器用と言われていても本当に、人様の宝の命を目の前にしている以上、せめて一緒に過ごす学びの時間はと、命かけて。泳げもしないcitronのくせに、すぐにあっぷあっぷして、そのくせぎりぎりまで助けを求めなかった。良くないところだった。そうやって、自分で何とかしないといけないかと思い込んでいたにちがいない。

『座礁したからといってfull astern(全速後退)にして離礁を試みるのは危険です。』

(マリンナビ:船舶保険 海難事故遭遇時の注意点より 人生の上でも非常に参考になりました。)

 

今朝、目にして心にずどんとぶち当たってきてくれたtwitterでも、やっぱり目がキラキラしていたんだ。うつむきがちな少年もいた。その子が日本に来てようやく1年で、日本語だけの試験を受けて、日本語で面接をして、発表の前日は緊張で苦しくて。日本の高校に合格したとテロップ(画面に移される文字)を見たcitronはまたぶるぶる心が震えてどうしようもなくなった。これからを想うと、また壁。そんな悲観的なものをまたぶち壊してくれるような無敵の助け舟が、ゆったりとゆらゆらと、あなたのそばにひとつひとつひとりひとり寄り添って見守って、大海原に向かうあなたを送り出す。

わたしも。

漕ぎ出す。

つづく

by 裏しとろん

 

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