家具屋さん
「ご自由にどうぞ」と
カフェオレマシーンか?
牛乳にさしたストローから
コーヒーのマシーンに吸い取られていく
面白い
面白がっていないと
つぶれそうだ
娘とだけの帰り道トーク
オ~ノ~ニュースにグッドニュース
「学校キャンプ」【記事:学校キャンプの様子】後の娘からは
オ~ノ~(やっちまった…またはあ~あやんなっちゃう…)なニュースは
「今日は無いねぇ」が続く
グッドニュースは控えめに
「ランチの後たくさん本が読めた」など
学校キャンプから戻った娘は
周囲の理解のおかげで相変わらず助けられているけれども
娘の特徴は
そこで大はしゃぎしてまでは喜びを表さないところ
一日の出来事のひとコマのように説明する
そしてにこにこ~っと正直さも出てくる
わたしも敢えて
友だちと食べれたの?やったね
とはならないところがある
むしろ
「ひとり優雅なランチタイム」と称して
そうか 今日は「ひとり優雅なランチタイム」は逃したけど友達とのおしゃべり(を聞いている)タイムができたんだなっとどっちが娘にいいんだかそこはあいまいにしてある
どちらでもいいcitron
それこそ新学期の初めの頃
娘は自分のことを
「(ランチは)ぼっちで食べてるんだも~ン」と
ケロリと言うから
こちらもケロリとすることに決めたんだ
それでこの名づけをしたわけだ
「ひとり優雅なランチタイム」
ぼっちなんて
あまりにも短絡的な人から目線な表現で人をまたは自分を下げたものの言い方に聞こえてしまうもんだから昔からあんまり好きじゃない
ひとりでいられる人は大勢の中にいても自分を見失わないでいられる人
勝手に定義付けているところが今だに抜けない
中学時代の持論にまだしがみついている感じがして少々古臭いんだけどまだ持っているし
娘にまで伝えているなんてな
娘はうんと強いし柔らかい
生き様のこと
まだこれからなんだけど
今はそう映る
弱音も吐くしぐずぐずも言う
けれど立ち向かうときは
やり切ってくる
面白い
今朝も
「もう、今日は休もうかな」というから
よし 朝ごはんを食べちゃおう
動きを決めずに腹ペコを解消し始めていたら
「おっと やっぱり行こう (家を出発する前に)自分時間作ってあそんでよっと
(主に朝は「リカちゃん人形で遊ぶ時間」略して「リカにんタイム」リカちゃんは同い年!?)
自分なりに何かをやっている
そして「行ってきます」
ほ~
学校に行くんだなっ
この姿に
励まされているのは
citronだ

目の前が開けてまた立ちはだかってまた新しい視界ができる
by citron